月のしずく

 

月のしずく:H1900 mm W1000 mm 2007年
フレーム制作/鈴木純郎、花瓶制作/杉本まり子(碗花)

 衝立照明「月のしずく」第一号作品は、サンディエゴのDavid Alan Collection で開かれる In Black and White 展に出品されるために、海を渡ってアメリカに届けられた。
 ちょうどこの頃、バリで音楽活動をしているパーカッショングループ、プラネット・バンブーとのコラボレーションも行われた。嬉しかったのは、リーダーのアリフがこの「月のしずく」にインスピレーションを得、同タイトルの新曲をつくったことだ。ゆるやかなテンポで始まるこの曲は、暗くなりはじめた東の空にゆっくりと顔をだした満月のようにのびやかで鷹揚とした雰囲気から、しだいに月の光が煌煌とあまねく地上を照らし出す華やかなクライマックスへと展開していく。
 野外ステージ用にあらたに衝立照明をつくると同時に、月光を浴びながら天にむかって姿体をさらす五体の女性トルソーもつくった。ちょうどこの公演の夜は新月だったから、「月のしずく」が月の代役を兼ねるおもむきになった。
 

 演奏は約8分ちょっと、というのが最初にこの曲を聴かせてもらったときに計っておいた時間だったが、リハーサルでは9分を超えていた。曲のながれとともに、月のひかりが少しずつ明るくなっていき、やがてトルソーの女性たちがひとり、またひとり深い眠りから覚めるようにそれぞれ輝きはじめ、クライマックスにすべてのトルソーが燦々と光を放つ。やがて、ゆるやかなテンポにもどって終息していく演奏とともにトルソーたちがふたたび眠りに沈んでいく、というのが演出だった。
「月のしずく」を含め6台の調光器をセットし、ぼくの隣に並んで座っているふたりのスタッフに指示を与えつつ、左右の指先でダイヤルを微妙に操作してプラネット・バンブーの演奏に耳をかたむける。ストップ・ウォッチの文字盤にときどき目をやり、うろ覚えの曲の進行を記憶にたどりながら「月のしずく」とトルソーたちの明るさを確かめていく。音と光が溶けあうように、すべての動きがなめらかに進んでいけば文句はない。
 ところが予定の時間を過ぎても、演奏はつづいている。ノッているのだ、かれらは...。調光器のダイアルをにぎった指先がかたまってしまった。
 ま、じたばたしても始まらない。息をぬいて正面を観ると、トルソーたちはそれぞれのポジションでじつにいい具合に輝いている。本番前まで堅くつぼみを閉じていた睡蓮も、いまは八重の白い花弁をひろげて夜露をもとめている。プラネット・バンブーの演奏をほんのわずかの時間ではあったけど、このとき初めて愉しめたような気がした。
 このコラボレーションでは舞踊家のSAKOと、いまインドネシアでも第一線のコンテンポラリーダンサーとして名前をあげているニョマン・スラが参加し、観客の喝采をあびた。