蘭を野生にかえす

 3月に咲きはじめた胡蝶蘭が、いまだに新しい花枝をつけ加えながら咲きつづけている。
 以前は鉢に入れて育てていたが、根腐れしたり鉢の底に蟻が巣をつくったりと世話が焼けっぱなしで、そのわりにはさっぱり花をつけなかった。咲かせたところで、1年に1度、せいぜい2か月か長くて3か月ももてばいいほうだった。もちろん、これは胡蝶蘭の平均的な開花サイクルで、不平をもらす筋合いのものではない。
 しかし考えてみれば妙な育てかたをしているものだ、とあるとき気づいた。日本でならばまだしも、蘭の原生地である熱帯に住んでいてなぜ狭っくるしい鉢に詰めこんで育てなければいけないのか!? 気温といい湿度といい理想的な環境にあるのに、あえて小さな鉢で育てているのは絶対におかしい。そう思いはじめたら、鉢に植えられている蘭がまるで首を締めつけられてあえいでいるように見えてきた。 
 自然の状態にもどしておけばいいだけではないかと思い立ち、さっそく鉢から取りだしてアフリカンチューリプツリーやデイゴの樹にくくりつけたところ、またたく間に新しい根が樹皮のうえを四方八方に這いだしはじめた。触手を伸ばす、という言い方がぴったりくるような根の発達のしかたで、鉢の中ではけっして起こらない生長の様子を見せだした。しかも1本1本の新根の裏側はしっかりと樹皮内部に食い込んでおり、樹から必要なだけ栄養分を吸収すると同時に株じたいを確実に安定させる役割も果たしているのだ。
 さすが着生植物。7株の蘭はやがて順ぐりに花を咲かせ、なかには根元から新株を生やすくらい旺盛なものもあった。



デイゴに着生したプレステージとハニー。

伸びた根は長いもので70 cmくらい。幹を抱えるように食い込む。

ロマンス・リップが花枝の先にさらに若い花枝をつけはじめたところ。

 この胡蝶蘭を一輪挿しに活けて、照明と組み合わせてみようというアイディアを実現させたのが「月のしずく」だ。
 満月の夜、純白の花が月のひかりを映してポッと暗闇に浮きでている姿にはいつも魅せられていた。べつに探していたわけでもないのに、ふとその存在に気づくと「ああ、こんなところにあったのか」と思わず視線を釘づけにさせてしまうほどのなにかを、月のひかりを浴びた花はもっている。そんな光景を再現できたらいいな、と思いながら制作に入った。
 2007年初頭のことだ。



月のしずく(部分)