メニューは笑う
南側を走る道をはさんで、隣にレストランがある。
このレストランで飼っている犬の名前は「ジェリー」という。とくに訊ねて名前を知ったわけではなく、マネジャーやスタッフがジェリー、ジェリーと呼んでいるのを聞いて、「ああ、ジェリーなんだナ」とわかったわけだ。
3,4年前から飼われており、子犬の時から顔なじみなのだが、ぼくはいまだに吠えられる。ぼくだけではなく、このレストランの前を通るひとびとはすべからく吠えられる。朝となく、夜となく見境なしにやかましく吠えている。ときには、バイクに乗ったひとを吠えながら追いかける、ちょっとアブナイ犬なのだ。
ジェリー、ジェリー、こっち向け!
丁稚のダルビッシュがぼくのところに住み込みで働くようになったのは、昨年2月からだが、朝、犬たちにエサを用意して与えるのはかれの役目。そういう役目にも慣れてきたころのある朝、
「ジェリーが食べないんです」
と、ぼくに言った。ジェリーは隣のバカ犬じゃないか、ナニ言ってんだ? といぶかしく思った瞬間、そうかそうかとおもしろいことに気づいた。
インドネシア人のなかには、チェ、ツ、ズを発音できないひとたちが多いのだ。ツはヂュに、ズはジュになり、そしてチェはジェになってしまうのだ。
ジェリーとは、なんとウチの愛犬チェリーのことだったのだ!
だいぶ前に、チェリーが元気にバイクに乗ったりしているころに、このレストランのマネジャーが、チェリーの子どもはいないか、と訊ねてきたことがあった。もしいたらぜひ欲しいと言うのだが、チェリーは初産の直後にすでに避妊手術をしていて、もう子どもはできないよと伝えたことがある。
その後少したってからなのだ、かれが子犬の「ジェリー」を飼いはじめたのは。
そうか、チェリーの名にあやかって名づけてはみたものの「チェ」が発音できないので「ジェリー」となってしまったのか、と気づきおかしくなった。
先日のガルンガンの祝日最終日に、自炊にも飽きてしまったので、友人とふたりでひさしぶりにこのレストランで食事した。
緑の映えるなかなかいい環境にあるのだ。
メニューを開いて、破顔一笑。
というのは、昨年、ちょうど一時帰国する前日にマネジャーがやってきて、
「メニューの日本語訳を頼みたいのだけど」と言った。
「う〜ん、明日日本に帰るのでできないね」
戻ってきてからだってそんなメンド臭いことしたくないよ、とは言わなかったが、再度頼みにこられるのはご免こうむりたいと思っていた。
ところが、この日のメニューには英文の下にちゃんと日本語に訳された説明が載っているのである。
ホッとした。
さて、とメニューの冒頭を見ると、
All Day Dining →「一日のダイニン」とある...。
いや、わかる、わかる、なんとなく。
で、そのダイニンのメニューのなかには“Garlic Prawn─served with bread”もあるのだが、日本語の説明では「パンと役立った」とある… たしかに、パンといっしょに食べれば、なんとなく役立った感じはしそうだ。
お、ほかにもお役立ちメニューが続々と登場!
Rapuan Chicken Finger には「ポテト、オニオンリングとタルタルソース添え役立った」と自信をもって書いてある。
ならば、とFried Duck も負けじと役立ちを強調──served with Balinese vegetable and steam rice「バリの野菜で役立った、そして、ご飯をむらす」のだ!
菜食主義の新鮮なトマト....
オヤ!? 役立つだけが能ではないと、あらたなる展開がメニューにあらわれたゾ。インドネシア料理のソト・アヤム だ!
「うどんとチキンスープ、沸騰さ卵、キャベツのご飯をむらすで楽しめる」
こんどは「楽しめる」ときた!
その上の行に載っているグリーンカレーだってしっかりと、
「グリーンチキンカレーご飯をむらすで楽しめる」とうたっている。
アヤム・ゴレン(フライド・チキン)は知的展開をねらったか、なんと「インドネシア語」が料理されてしまっている! 「フライドチキン、インドネシア語、野菜、蒸気米添え」─いやはや。
このレストランではプールも楽しめるのだ。
デザートだってすごいことになっている。
「コーヒーとミルクのアイスブレンドの組み合わせを突破 一掃クリームとチョコレートの棒」
「氷の刃のコーヒーをトッピング、生クリーム、チョコレートの棒」
ああ、ほんとうに楽しめるよ〜と、注文も決めずに友人とメニューを見ながらクスクスゲラゲラ笑っているところへ、ウェイトレスがつかつかとやってきた。
「あのぉ、なにか間違いがありますか? わたしたち日本語読めないので、書いてあるのが正しいかどうかわからなくて」
と、至極まっとうなことを尋ねてきた。
「いや、だいじょうぶ! ちゃんとわかるよ」
ちいさな親切よりも、とりあえずはもうしばらく笑っていたいおじさんたちは、そう答えたのだった。