余滴・ニワトリがサンバルくわえて...

 獣医が話していたように、彼女が飼っていた鳥を放ったのちの「後日談」は、たしかにメスのランには一時期あてはまった。籠を飛び立ってからも、しばらくは家のまわりをうろついていた。しかし、庭には降りてこようとはしなかった。
 Mは早くから気づいていたらしく、籠の中に残っていた餌を毎朝あげていたようだった。工房横の門の外側で餌をついばんでいるランの姿を見かけたときは、ホッとした。ハト独特のS字を描くような足どりで、表の道路脇を行ったりきたりしていた。
 やがて雨がひんぱんに降るようになり、ランの姿を見かけなくなってしまった。暴風雨の夜もあり、はたして無事に朝を迎えられるのかどうかが気になるときもあった。
 しかし、どんな自然のきびしさに遭遇したとしても、籠のなかで命尽きるよりは遥かにまっとうな生を終えたことにならないだろうか。ぼくは、そう思う。
 二羽の鳥を放した記憶も薄れはじめたころのある日、庭にしゃがんで草むしりをしていると、すぐ近くに聞き覚えのある鳥の声がしてハッとした。
 ルルルルルゥーとふたたび鳴いた。ぼくは立ち上がり、あたりを見まわした。7、8メートルほどむこうにあるフランボヤン(火焔樹)の枝に、あのランが止まっているのが見えた! そして、すぐそばで、もう一羽のヤマバトがランを見守るように枝に脚をかけていた。
 嬉しかった。野生の本能を失わず、ちっとも飼い馴らされてなんかいなかったことを、そしてこのちいさな生きものが自然の脅威を巧みに切り抜け、恵みを享受してきた、その生命力の強さを祝福したい気分だった。もちろん、彼女にふさわしい伴侶を獲得したことも。
 二羽の鳥は翌日も姿を見せてくれたが、それを最後に訪ねてくることはもうなかった。
 あれからちょうど、1年が経つ。