Back to the Future 前編

 先月、今月とたてつづけに3人のスタッフがこどもをもうけた。今月9日に生まれたBaの次女はひと月の早産だったので、しばらく哺育器にいれられていたが、誕生6日後には無事に両親とともに家に迎えられた。まずは、めでたしである。
 これで既婚者5人のスタッフのこどもの合計は9人になったわけだが、このうち男の子はたったひとり。どこか他に、8対1の割で男の子優勢で誕生している地域があれば、将来を憂える必要もないのだが、どうなのだろう?

 前から気になっていることがある。バリのひとびとの「輪廻転生」のとらえかただ。かれらは、じぶんたちの祖先が生まれ変わって、じぶんの兄弟姉妹やこどもとなって帰ってくる、じぶん自身もまた先祖の生まれ変わりだと考えている。漠然とそう考えているのではなく、はっきりと「この子は、4年前に亡くなったおばあちゃんの生まれ変わりなんだヨ」というふうに信じているのである。
 生後12日が過ぎると「ンガルアン / ンガルアサン 」と呼ばれる、こどもが誰の生まれ変わりなのかお伺いを立てる習慣がある。このンガルアンを先日すませたばかりのスタッフに、その様子を尋ねてみた。と、同時に、スタッフ全員がそもそも、かれら自身どのご先祖さまの生まれ変わりなのか知っているわけだから、この際、全員を集め急遽「輪廻転生聞き取り調査」を実施した。

 まずは情報が新鮮なうちに、つい3日前に娘のンガルアンをすませたAjに語ってもらおう。
 かれは両親と3人で、サカ村のドゥクン(呪医)を訪ねた。ドゥクンは老女で、見たところ90歳ぐらいだという。すでに先客が4組もあり、だいぶ待たされた後にかれらの番がやってきた。ひととおりのお供え物を祭壇に供え、お祈りをすませてから、いよいよ本題のンガルアンの段取りになる。
「なにを聞きたいのだね」
 とドゥクンに尋ねられ、Ajの父親が、最近生まれたばかりの孫娘が誰の生まれ変わりなのかを教えてください、と答えた。
 ドゥクンは呪文を唱えはじめると、しばらくしてトランス状態に入ったという。霊が憑依したのだ。そしてかれらの目には、ドゥクンの声色も表情も変わったように映った。Ajの父親が「あなたは、どなたでしょうか」と尋ねても、憑依した霊は黙ったままだったという。再度の問いに対して、「言いたくない」というこたえが返ってきたが、すでにAjの父親には、それがじぶんの母親だという確信がわいてきた。しゃべり方、表情、しぐさが28年前に亡くなったかれの母親とそっくりだった、というのだ。
 Ajに聞いてみた。
「きみはおばあさんの記憶はあるの?」
「ぼくが生まれる前に死んでるから」
「なんで、おばあさん名前を言おうとしなかったんだろ?」
「う〜ん」とAjはことばを詰まらせた。
「親に名前を聞くやつがあるか! 見りゃあ、わかるだろ!…っていう感じだったのかな?」
 とぼくが言うと、Ajもまわりにいた連中も声をたてて笑った。
 こうして、Ajの初めてのこどもは、この子からすれば「曾祖母」の生まれ変わりと認知された。このンガルアンがすんでから、Ajの父親は、急に孫の面倒をよくみるようになったそうだ。Ajいわく、
「母親がじぶんにしてくれたように、世話をしてあげたいんじゃないかな」。

 以前、ぼくのところで長く働いていたMの話もおもしろい。
 かれはこどものころはかなり病気がちだったそうだ。小学校に入ってからも相変わらずで、学校をよく休んでいた。心配した両親が、ドゥクンのところへ相談にでかけた。ドゥクンの見立てでは、Mはかれの祖父、すなわちMの父親の父、の生まれ変わりであり、そのMが父親を呼ぶのに「おとうさん、おとうさん」というのが、どうも気に食わなかったらしい。じぶんの息子に向かって「おとうさん」などと呼んでたまるか! と言いたいわけだ。
 そこで、身内の者たちにかれの不満を気づかせるため、Mを病弱な子にしてしまったらしい。
 ドゥクンは、Mに今後は父親を「おにいさん」と呼ぶようにと命じた。じっさい、Mが父親をそう呼ぶようになってから、かれは見違えるように元気になっていったのだという。この呼び方はいまに至るまでつづいているし、なんとかれの弟まで、まだ幼いころからMにならって父親を「おにいさん」と呼んでいるのだそうだ。
 かなりプライドの高い爺さんだったようだが、同じご先祖様でもこういう方にやって来られてしまうと、ちょっと苦労が絶えないかもしれない。そういえばMも、若いわりには相当にプライドの高い青年だったのを懐かしく思い出す。