もの食うぼくら バビ・グリンの巻 最終回

「餅は乞食に焼かせよ、魚は殿様に焼かせよ」ということわざがあるが、「豚はバリニーズに焼かせよ」とつけ加えたらカンペキだ。豚一頭を、焦げ目もつけず、内部までしっかりと熱を通して焼きあげるテクニックはたいしたものだ、と思う。

 ご覧のように「装置」はいたって簡単なもの。バナナの幹(茎)を2本重ね四方を囲んで竃(かまど)をつくるだけ。グラグラ揺れて崩れないように、幹には杭が打ちこまれている。その杭は同時に、豚を貫通している回転棒の支軸にもなっている。燃料は、このときはコーヒーの木をつかった。ここでは、もっともポピュラーな薪として利用されている木だ。ココナツの殻も定番の燃料材で、グリルなど短時間で熱を通す焼きかたには最適。バナナの幹は、大量の水分を含むので長時間の熱放射に耐えられる。
 こうした身近にある自然のものを、長年培われてきた知恵と技術によって手際よく的確に利用するかれらの姿は、見ていて惚れぼれとする。シンプルでプリミティブな仕事が放つ魅力と言い換えてもいい。
 焼きかたは、バーベキューとはもちろん違うしグリルとも少し違う。基本的には燠火によってじっくりと熱を通していくといった感じだ。だから、薪から炎が立つと、そばに用意してある水をサッとかけて消してしまう。燻蒸に近いのかもしれない。だから、つねに煙がたちこめるので回転棒を担当する者には、煙いワ、暑いワでたいへんなのだ。豚もひとも煙につつまれて2時間余、ようやくバビ・グリンができあがる。下ごしらえも含めると5時間余の工程だった。

 見よ、琥珀のこの輝きを! これは焦げではない。皮の表面がこんがりと均等に焼かれた結果だが、この絶妙な焼きあがりの色には、ある工夫がこらされている。ウコンをつかうのだ。ウコンをすり卸したものをココナツオイルに溶いておき、豚を回転させながら焼いているあいだ、なんべんも豚の皮膚表面に塗る。塗るときには、まだ柔らかい若いココナツの葉の先端部を刷毛のようにしてつかう。
 キャンバスに色を重ねていくように、このウコンオイルを繰り返し塗っているうちに、深みのある琥珀色に仕上がっていくというわけだ。
 下の写真は焼き上がった豚を仕分けしているところだが、肉と皮、腹腔につめたオレットとブンブゥが公平にゆき渡るよう、まわりの眼が厳しく

監視している…というわけではないが、公平であるに越したことはない。
 肉はやわらかく、皮は歯ごたえがあってパリッとしているのが最上。このときも、じつに美味しいバビ・グリンがスタッフらの手によってできあがった。スパイスが苦手のぼくですら、このときのブンブゥには舌鼓をうつほど堪能できた。なにを隠そう、大流行りのイブ・オカのバビ・グリンなどメじゃないほどの旨さだったのだ!
 招いたひとびとも、口をそろえて美味しいと言ってくれたのはけっしてお世辞ではないはずだ、と思っている。
 昨年暮れは立て込んだ仕事に追われていて、バビ・グリンどころの騒ぎではなかったが、さて、今年はどうしようかと思案中なのである。これを書いているあいだ、ぼくがしばしばかれらに細かい質問をするものだから、じつはかれらはもうすっかり「バビ・グリンモード」になってしまっているのだが…。