考えないヒント  避雷針?

 午後から雷とともにすさまじい雨が降りつづいた。
 雨季の末期特有の降りかたで、雨で視界はかすんでしまい雷鳴が地を響(な)らし、空を稲妻が走る。
 天と地あげてのドンチャン騒ぎの様相だ。


 きのうから、またまた不通になっている電話だがいちおうコードを抜き、電気器具のコンセントも抜いた。雷の被害をいちばん受けやすいのが、ここでは電話回線である。
 通話中に、電話が“爆発”したという話はよく聞くし、性懲りもなくウチでは数度にわたって電話器・ファクス機・モデムがやられている。
 いわゆる「雷サージ」による被害だ。


 雷鳴が聞こえだすと、4匹いる犬のうち最年長のデウィとその孫娘のミミがそわそわと落ち着きなく「安全な場所」を求めてうろつきまわる。

 ミミはけっきょく工房のスタジオのなかに避難してしまった。ふだんは、ぜったいに入るのを許さない場所だが、怯えているのでしかたがない。
 ミミの叔母にあたるチェリーは、悠然としている。


 もっとも激しく降った1時間のあいだに、ウチと工房のまわりはまたたく間に池か湖のように、あたり一帯水浸しになってしまった。
 ここは田んぼの跡地で水はけも悪く、段差のある土地なので雨水はどっと低いところへ注ぎ込むように流れていく。

ここも                   ここも 

そして、ここも

 こんなふうになったら、もう裸足で歩くしかない。
 みんなそうしている。道路を行くひとびとは、靴やサンダルを手にもって歩くのだ。滑らないし、はるかに歩きやすい。


 休憩時間が終わったので、雷雨のなか、傘をさしくるぶしまで水に浸かりながら裸足でスタジオまでいくと、スタッフのひとりが庭にむかって何かを放り投げているのが目に入った。
 落ちた先を見ると、バナナの幹を切る大きな鉄製の包丁だった。
 なんでだろう? 雷があたまの上をとおっているときに…。

 気にならないようで、おおいに気になるその行為についてしばらく考えていた。
 
 水浸しになった庭のまん中に放り出された包丁めがけて、雷が落ちる確率などゼロに等しいだろうが、万が一ということだってあるはずだ。
 感電するじゃないか、全員で!


 どういうつもり? 
「家では雷が鳴りだすと、リンギスを庭に突き刺すんです」
 リンギスとは長さ1mぐらいの鉄梃(かなてこ)で、土を掘り返したり石を割ったりするのにつかう頑丈な道具である。
 そんなものを庭に突き立ててどうなるのだ?
「避雷針ですよ」
 避雷針? 避雷針を地面に立ててどうするというのだ。避雷針は、ふつうは建物の最上部につけるものではないのか。

 じぶんの家ではなにをどうつかおうと勝手だが、ここではやってほしくないね。まして、こんな水浸しの場所で。
 工房まで水浸し、裸足で歩いてきたぼくだって水浸しだ。
 そんなところへもってきて、万が一雷が包丁に落ちでもしたらタダではすまないはずだ。


 何年も前だけれど、落雷現場を見物にいったことがある。プリアタンにあるギャラリーの庭に生えている木に落雷した、と聞いた翌日だ。
 高さ10mぐらいの木は、焼けた電柱のように突っ立っていた。上のほうは黒焦げになり、木は枯れていた。
「枯れていた」というのは「時が経て枯れる」というのとは違う。昨日まで生きていた木から、すっかり潤いがなくなってしまっているのだ。
 落雷と同時に、木の水分が一瞬のうちに蒸発してしまい、カラカラになってしまったのだ。


 庭に放り出された鉄包丁に雷が落ちる確率は、もちろんかぎりなくゼロに近いはずだ。
 しかしその確率は、畑で作業をしている農夫の鎌に落雷が及ぶ確率と、そう変わらないのではないだろうか。


 まったく、ちょっと目を離すとこれだから...。
 少しは考えてほしいものだ。


 雷雨は夕方にはおさまった。
 南側の道に沿って走る側溝をうねりながら流れる激しい水の音は、夜になってもやまない。