再編への途はけわしい また番外編
トラ刈り庭師のグンはトンズラするわ、工房スタッフは見つからないわ、しかし仕事は相変わらず忙しいところへ、臨時で助っ人にきている夏目さんのお姉さんが前触れもなく、ひとりのおじさんを連れてきた。
「働きたいんですってェ」
とお姉さんはいう。
“ですってェ”といわれても工房のスタッフとしては、申しわけないが対象外である。見た目からして、現にいるスタッフに比べ不釣り合いなほど歳が離れている。
夏目三姉妹のまん中の女性のダンナさんだそうで、もともとは木彫師なのだが、どこも似たような状況でいまはさっぱり仕事がない。ふたりの子どもをかかえ、少しでも日銭を稼ぎたいところなのだろう。
トンズラしたグンよりもさらに10歳もうわまわる年齢で、ためらうことなくぼくは「庭師」の仕事を勧めた。
ちょっと不服そうな様子だったが、翌日から仕事することになった。
かれは、ぼくがこの土地に移って以来、すでに6人目の庭師になる。
6代目の庭師ワヤン。かれの腕前と仕事ぶりは申し分ない──いまのところ。
何人も辞めていった庭師のうち、もっとも印象的というか“バリ的”だったのが初代のニョマンだろう。
かれの場合、デンパサールにある人材派遣会社を通しての採用だった。出身はカラガッサムで、まだ20歳そこそこの年齢。バイクを持っていないかれのために、近所にあった簡易アパートの部屋をあてがい、歩いて通えるようにした。
仕事はまじめにこなしていた。
ある日、仕事を終えたニョマンの様子を見ると、ぼくの下駄箱の前にうずくまりじっと中を見つめている。
なにしてるの? と聞くと、顔をあげてこういった。
「靴がほしい」
なんだ、なんだ !? いきなり。
「バパッは足がふたつしかないんだから、こんなたくさん必要ないでしょう?」
ときた。
そりゃ靴を履くときに必要なのは一足だけど、TPOというものがある、TPOというのが!
「この赤いのがいい」
勝手に指さすな!
かれの欲しがったのは、Reebok のスニーカーだ。たしかに、これはぼくにはサイズが少し大きいが、身長180cmもあるニョマンには、ゼッタイ合うわけがない。
たぶん、このときはサイズが合わないよと頑固に言い張って事なきを得たのだと思う。
住みはじめたばかりの頃は、日本から持ってきてもらった種を撒いては花を咲かせて楽しんでいた。
こんなこともあった。
夕方も遅くなって、こざっぱりとした身なりに着替えたニョマンがやって来た。
「ちょっとバイクを貸してください」
どこかに遊びにでも出かけるのかな、とぼくは思った。慣れない土地で初めての仕事について間もないけれど、気分転換でもしたいのだろう。「いいよ(遊んでおいで)」といってキーをかれに渡した。
しかし、それっきり、もどって来ないのだ!
その夜も、翌日も、そしてつぎの日も...。
4、5日後、ようやく姿をあらわしたニョマンに、
「いったい、どこに行ってたんだ!」ときつく問いつめたところ、
「家に帰って稲刈りの手伝いをしてた」
と、平然と答えるのだった…。
こんなことが、さほど間を置かずにふたたび起こり、ダメだこれはとぼくはあきらめ、かれに辞めてもらったが、どうも本人はあまり気にもしていない様子だった。
その後、1年に1度くらいのわりで、ひょっこりと訪ねてくることはあるが、なにを話すでもなく、ぼんやりと工房の仕事の様子を眺めしばらくすると、来たとき同様無言のままふらりと帰っていくのだった。
いつも、かれがこぎれいな格好をしているのは、ぼくのこころを少しだけ軽くしてくれる気がする。