バリに生まれた「不幸」 1 糞を食べる
丁稚のダルビッシュからおもしろい話を聞いた。
「昔々、神さまが粘度をこねまわして人間の塑像をつくったのだそうな。
神さまは、この塑像の前にお座りになり瞑想され、塑像に生命を吹きこまれようとされた。
ところが、
『ワンワン,ワンワン──』
そこへ一匹の犬がやってきて、塑像に向かって吠えたてたのじゃ。
神さまは瞑想を妨害され、すこしも精神統一できず、そのうちに塑像の人間にヒビがはいって壊れてしもうたのじゃよ。
神さまは、ふたたび粘度をこねくりまわし人間の塑像をおつくりになった。そして、さっきと同じように瞑想に入られたのじゃな。
そして、やはりさっきと同じように犬がやってきてけたたましく吠えだしたのじゃ。
塑像はまたも壊れてしまったとな。
神さまはめげずに、粘度をこねはじめた。
そこへさっきのやかましい犬がやってきて、こう言ったのじゃ。
『ヘン! そんなものまた壊してやるゾ。賭けてもいい。もし、そいつが命をもつようになったら、オレはそいつの汚らわしい糞を食いつづけてやろう! あんたに勝てるわけはないよー、ワンワンワンッ!』
神さまは、塑像の前でじっと瞑想にふけりつづけられたのじゃ。犬がやってきて、どんなに吠えても神さまは塑像に生命を吹きこもうと念じられた。
やがて、塑像はすこしずつ血の気を帯びはじめ、息を吸い息を吐き、腕が動き、そして目を開いたのじゃよ。
こうして人間が生まれ、このときの賭けに負けた犬はいまでも人間の糞便を食って生きるハメになったのだとサ」
なるほどねぇ、バリにはこんな民話があったのか。バリ人と犬との関係を知るにはもってこいの話だなとぼくはえらく興味をもった。
もっともダルビッシュによると、
「これは、パセック / Pasek の誕生を物語る言い伝えで、犬の話はメインじゃあない」
ということになる。
「パセック」は、バリの現存のカーストとは別に、22もある氏族集団の最大グループの名称で、バリ人のなんと60パーセントがこの氏族に属しているといわれる。
歴史は10世紀にまで遡り、伝説とも神話ともいえそうな話がたくさん伝えられるのだが、ぼくの関心はここでは、犬が「賭けに負けてしまった」ほうにあるのだ。
賭けに負けちゃったから? 写真解説──「幼児が家の庭を這いまわっているうちに排便した。そしてすぐに、糞便を食べようと犬が近づいてきた。幼児は怒っているが、どうしていいのかわからず、精一杯の速さで庭を這い、ほかの子どもたちのいるところまで行った...。」(外山昇訳)
写真は1930年代、文化人類学者グレゴリー・ベイトソンとマーガレット・ミードのフィールドワークによる『バリ島人の性格 写真による分析』から。
この調査報告は、タイトルにもあるように彼らが滞在した村で撮影した759枚の写真をもとにバリ人の生活、文化、儀礼、育児などなどの観察から、バリ人の「深層」を分析しようと試みたものである。
転載写真が載っているこのページには、合計7枚の写真と1枚の絵が掲載されているのだが、開いたとたんにハッと驚いて目がいくのはやはりこの幼児の排泄物を食べている犬の姿だろう。
犬好きのぼくとしては初めて見たときに少なからぬショックを受けたが、この写真が載っているページの項目は「腐食動物、食べ物、そして糞便」という、そのものズバリの表題だ。
「腐食動物」とは犬のことなのだが...。
う〜ん、犬がひとの糞便を食べる…。(つづく)