非観光的スポット案内 仮面とあやつり人形の博物館 1

 


 友人に場所を教えられて、マスにある Mask & Puppet Museum をはじめて訪ねた。


 偶然はかさなるもので、その前夜、 べつの友人から「こんどワヤン・ベベルを、トペン・ミュージアムでやるよ」と聞いていた。トペン・ミュージアムとは Mask & Puppet Museumのことなのである。


 さらに、このところ毎晩、眠りにつく前に読んでいる『インドネシアの民俗』(李炯才著、‘76年刊)はちょうどワヤン・ゴレック=パペットの記述にさしかかっているところだった。



午後の盛りの光が美術館の前庭にそそいでいた。この光と影のトーンがたまらなく好きだ。陽光がまぶしいほど、木陰の陰翳がきわだってくるのが印象的だ。つい最近、昼前の強い陽射しをうけて蟻がくっきりと黒い影を引きながら歩いているのを庭で発見しておどろいたことがある。


 ジョグロスタイルの家が何棟かならび、それぞれに展示品を公開している。いちばん左の棟から見てくださいと指示されたので、それにしたがった。建物の素朴さや周囲の環境から、ふと駒場の日本民藝館を思い出した。



これがワヤン・ゴレックだ。手前に整列している人形たちのうち、上から2段目までは古典的な『マハーバーラタ』や『ラーマヤナ』の芝居に登場するキャラクターで、いちばん下の段に見える庶民的なおじさんたちはおそらく「ワヤン・ゴレック・メナク」の登場人物たちだろう。


『インドネシアの民俗』によると、ワヤン・ゴレック・メナクは「ムハメットの伯父アミル・ハムザ、ジャワ名ウォン・アグン・メナク・ジョエングラナについてのペルシャ、あるいはアラブの物語」とある。
 下に並んでいるひとびとは、そんな沙漠の国の街なかで暮らしながら日々の物語をつむぐにふさわしい容貌をしているではないか。



 こんな人形もいた。



あっれぇ〜! キャーッ〜!


ん? ほぉ?


アタシだって、若いころはねぇ...


 ワヤンといえば影絵芝居のワヤン・クリットが有名だが、当然、この美術館にも展示されている。



奥の細長い部屋にずらりとワヤンがならんでいた。ワヤンはバリ人の名にある「ワヤン /Wayan」とは違う。綴りは wayang でたぶんジャワ語で「影」をあらわすのだろう。インドネシア語の「影」が bayang だからナと、勝手にそう想像しているだけで信じないほうが無難。背後の白い布に点々とある光は、水牛皮を彫りぬいたワヤンのちいさな穴を通りぬけた天窓からの光だ。


 影絵芝居のワヤンには、こんなふうに乾燥した草を編んだものもあった。



ワヤン・スケット/ Suket Shadow Puppet と表示されていた。ほかにもワヤン・クリティック・タタカンといって、木を彫刻してつくられているものも展示されていた。「タタカン」は人形の動きにつれ木がカタカタと鳴る、その擬声語だそうだ。カタカタタタカンという感じか。われわれ日本人とインドネシア人の聴覚表現は、近接しているナとも感じた。


 もう帰るのかね、という声が聞こえたような気がした。



もう帰るのかね。ええ、きょうは立ち寄っただけなんで。そうかい。近いうちにぜひまたお邪魔します。そうかい。どうもありがとうございました。


 出口の近くで眠っていた犬を起こして、また来るヨと声をかけて帰ってきた。