どうぶつ譚

 



満月


 満月を見ようと庭にでてみると、雲がかかっているから一枚そろりと剥がしてみた。

 それからまた一枚と、つぎつぎと剥がしているうちに、体じゅうが白い雲に覆われふわふわと空を漂いはじめた。

「行きたいところはあるのか」

 突然、雲のむこうから声がした。

「いい加減にしろよ、おい...」

 そう言ってふりむいたのは兎だった。





 刺青


 朝、鏡をみると襟元から痣がのぞいていた。

 シャツを脱いで確かめたら蛇の刺青が首元から胸にかけ、臍のあたりまでうねっている。

 蛇は、その日一日からだを這いずりまわっていたが、やがて消えてしまった。

 夜、悲鳴で目が覚めた。

 明かりをつけると、同居人の胸に二匹の蛇がとぐろを巻いていた。



 


森で眠っていたら虎に足を踏まれた。

踏まれた痕に苔がはえはじめてきたので植物学者に見せると、ただのスギゴケだと素っ気なく言われた。

左脚が苔で覆われつくしたころ、くだんの虎がやって来て苔を返してくれと言う。
いいよ、と返事して苔を剥がしてみたら、左脚がすっぽりなくなっていた。

仕方がないので苔を採りに森へ入った。





蒼ざめた馬


深夜、小雨のなかを歩いていると、目の前の路地から見覚えのある痩せた青年が静かに声をかけてきた。


青年の手から渡された紙は、暗殺団員募集のチラシだった。

丘の方角を指さすと、青年は頷いた。


眠りに溶けた街を眺めながら丘のうえに並んで腰かけていると、青年の目から涙がこぼれているのが見えた。


手にしていたチラシが灰になって散った。




晴れた空はヘリコプタから撒かれるチラシで飾られた。


チラシを拾おうと、子どもらが腕をあげ走りだすと、少年は目を凝らし夥しい数の中のたった1枚の、空の色に紛れてしまいそうな瑠璃色のチラシを探した。


今日こそはと跳び上がったその瞬間、手に触れたチラシは、少年のからだを少しずつ青く染め空に滲ませていった。